ふくしま日記
私は、平成26年4月に、東日本大震災の復旧業務のため転勤となり、岡山から福島に移り住みました。 まだ、多くの避難者の方々がいらっしゃるなど課題もありますが、自分が見た中でも「平成26年4月の福島」と、まさに今の福島は明らかに異なり、一歩ずつ前進していると思います。また、復興に向けた活動も積極的に行われています。 このページでは、私が岡山から福島に来てからの中で、福島で見たこと、感じたこと、復興に向けた取組や、出会った人との関わりなどを紹介したいと思います。
平成27年1月24日「都路ボランティア作戦!!」
「都路ボランティア作戦」。 都路町は東日本大震災に伴う原発事故で全町避難となりました。昨年4月に福島県内初めてとなる避難指示解除となりましたが、町に帰ってきた人は約58%で、未だ多くの方が避難生活を余儀なくされています。 「都路町に帰ってきた人が、交流できる場所を!」ということで、憩いの農園をつくるための小屋の解体作業に参加してきました。この活動は「田村市復興応援隊」の皆さんが主催・企画したものです。 1人や2人だと大変な作業ですが、人が集まることによって、大きな力につながることを実感できました。
平成27年1月11日「震災以来の復活・小高区のイルミネーション」
ちょうど東日本大震災から3年10ヶ月にあたるこの日に、南相馬市小高区で、仮設住宅に避難している方のご自宅の草刈りや清掃、瓦礫の撤去などの作業に行ってきました。 瓦礫の持ち運びなど、手作業が多く、思った以上に体力を消耗しましたが、なんとか無事終了することができました。 小高区では、震災・原発事故直後から避難してそのままの状態になっている家屋が多いため、当時の地震や津波の被害に加えて、時が経過することによる劣化、また高齢の方も多く、その維持管理が困難になっています。そこで、南相馬市社会福祉協議会の方々が、小高区の皆様のニーズをきめ細かく伺って、随時、ボランティアを募集しています。 作業終了後、夕暮れを待って、東京からボランティアに来られた方々と、小高区で実施していたイルミネーションを見に行きました。 震災の前まで小高区では冬の風物詩だったイルミネーション。 震災後は、避難先の仮設住宅や学校などで開催されていましたが、今年度は、震災前以来となる小高区での装飾も復活しました。 市が帰還の目標とする平成28年4月が近づき、避難している方々の気持ちが故郷に向くきっかけにしてもらおうと、今年度は小高区にも飾ることとしたそうです。 昼間の作業を通して、避難を余儀なくされている方々への継続的なサポートの大切さを改めて感じるとともに、町の未来につなげようとする小高の方々の温かな思いにも魅了された1日でした。
平成26年12月16日 「福島スタディツアー」参加
原発被災の避難先で再開した経営者と、地場企業の未来を学ぶ日帰りツアーに参加しました。 震災・津波・原発事故を契機として、市場も会社も一瞬にして失った企業があります。そのような企業の中には、まだまだ再開できていない企業もありますが、新天地で新たな挑戦をしている企業もあります。そのような企業の事例から、地元密着型企業の現状と未来を考えようというコンセプトで行われました。 この企画は、掛さんという東京の大学生が企画したもので、彼は、この1年間、東日本大震災・原発事故からの復興に向かう福島から学びたいという思いで大学を休学し福島県でインターンをしています。 原発事故後に移転して再開した企業を訪問し、社長の話を伺ったり、参加者同士で考えるワークショップなどが開催されました。
平成26年11月16日「福島大学 災害ボランティアセンター」の活動
福島大学の災害ボランティアセンターという学生ボランティアサークルの活動に参加してきました。 この災害ボランティアセンターは、東日本大震災をきっかけに発足した団体で、仮設住宅などで支援を求めている高齢者などのために、足湯や交流イベントなどを企画・運営するなどの活動を行っています。 この日、参加したのは福島市内の仮設住宅。ちょうど、この日は、同じ震災の被害にあって10年目を迎える新潟の山越村の人たちと一緒に学生が、山越汁をふるまおうという企画でした。 印象的だったのは福島大学の学生さんが、積極的に入居している高齢者と交流を持とうとしていたところです。そして、皆さんボランティアの学生さんに対して好意的で感謝している様子でした。 震災から3年半以上経過しますが、登録しているボランティアは200人。毎週のように皆さん、一生懸命活動しています。 心が少し温まるような、そして何か大きな刺激を受けた一日でした。
平成26年11月9日 松明あかし(須賀川市)
400年以上の伝統を誇る福島県須賀川市の「須賀川の松明あかし」。 毎年11月の第2土曜日に開催。長さ10メートルの大きな松明(たいまつ)が街を練り歩き、人びとは手に小さな松明を持って山に登ります。 30本もの松明に一斉に火が放たれると、夜空に燃え上がる炎が街をこうこうと照らし出します。須賀川の人々にとっては冬を迎える前の大切な祭り。須賀川の街は祭りの準備などで次第に活気づき、学校でも松明作りが始まります。須賀川の人にとってなくてはならない年中行事となっています。しかし、その祭りの起源を遡ってみると以外にも歴史に密着したいわば弔いのお祭りでもありました。須賀川の人々が灯す松明は420年前のある出来事をきっかけに、今なお夜空を焦がす火祭りとなったのです。 今年も、須賀川の晩秋の夜空を赤く焦がしてくれました。
平成26年9月28日『ふたばワールド2014inかわうち』開催
「ふたばワールド」は東日本大震災、原発事故の影響で、双葉郡内から避難している人が、年に1回、双葉郡に帰ってきて交流するイベントで、今年度は川内村で開催されました。 ちょうど、川内村の避難指示が10月1日に解除される直前の日曜日の9月28日に開催されました。 地域やふるさとの食の販売の他、双葉郡で避難している小中学生による「ふるさと郷土学」という地域のことについて学習した発表やポスターセッションが行われました。 この「ふるさと郷土学」は、この子供たち自体が、避難して別の地域の学校での勉強を余儀なくされていますが、自分が育った双葉郡の故郷について、忘れないようにということで学んでいる取組です。 皆さん紙スペースいっぱいに、学んだことを書いて、一生懸命プレゼンしていました。
平成26年9月 福島のそば生産量は日本第4位!
一面のそば畑。この写真は平成26年9月に撮影したものです。 福島県は全国有数のそばの産地。またそれぞれの地域に独自のそば文化を有し、そして数多くの個性的な蕎麦屋が県内各地に店を構える、まさに"そば処"です。 福島県のそばの歴史は非常に古くから紡がれており、猪苗代町では平安時代後期から鎌倉時代にかけての古代そばが出土するほど、人々の暮らしに深く結びついていました。 独自のそば文化が県内各地に存在しています。 特にそば生産量の多い会津地方は、種類も豊富でバラエティに富んでいます。 また県南の白河地方は、信州、出雲、盛岡と並ぶ「日本四大そば処」と言われています。 時の白河藩主、松平定信公が冷害時でも収穫できるそばの栽培を奨励したのが始まりといわれており、白河市内には数多くの老舗蕎麦屋があります。 このように、福島県は県内を巡るだけで様々なそば、蕎麦屋を堪能することができる、素敵な場所なのです。
平成26年9月13日~14日 「ふくしま復興かけはしツアー」参加
「ふくしま復興かけはしツアー」に参加しました。 このツアーは、福島の復興の様子を参加者に実際に見て感じてもらおうと、福島交通、と一般社団法人Bridge for Fukushimaが主催しているツアーで、今回で第8回となります。 13日の1日目は福島駅から出発し、飯坂町にある茂庭地区へ。 ここではNPO法人いいざかサポーターズクラブの佐藤さんにアテンドをしていただきました。摺上川ダムを視察し、インフォメーションセンターにてダムの説明や震災当時の対応などについてガイドの方にお話しをしていただきました。 茂庭地区視察の後は、菱沼農園へ。福島市内の桃の生産農家さんです。 菱沼農園の菱沼さんに桃の栽培についてのお話をしていただきました。そして今が旬の桃を試食しました。あまりの美味しさに注文をされていく方が多くみられました! 果汁100%のりんごジュースと桃ジュースも美味しくいただきました! そう、福島はフルーツ王国なのです! 夜は穴原温泉に宿泊し、参加者同士で楽しく交流しました。 14日の2日目は相双地区の視察を行いました。 初めは新地町に行き、新地町役場、沿岸部、山間部、高台移転先造成地などを視察しました。ここではNPO法人みらいと復興支援員の東さんにアテンドをしていただきました。 また、実際に震災を体験したNPO法人みらいとの村上さんにも当時のお話をしていただきました。早いスピードで復興が進んでいる印象を受けました。 昼食は相馬市にある仮設店舗のレストラン『報徳庵』でいただきました。 昼食の後は小高区市街地、警戒区域境界(浪江町)、沿岸区域部の視察をしました。 ここでは、NPO法人浮船の里理事長の久米さんにアテンドをしていただき、震災当時の体験談を聞いたり、復興に向かって変わってきている街並みを見たりしました。
平成26年6月14日 浪江町の避難住民のためのタブレット活用アイデアソン開催!
東日本大震災による原発事故のため、全町民が県内外に避難している浪江町で、全世帯(約1万)に配布するタブレット端末のアプリケーション開発の一環として、町民やIT技術者の参加を求めたワークショップイベント「アイデアソン」が開催され、いわき市で開催されたワークショップに参加してきました! この取組は、震災・原発事故によって全国に分散避難する町民同士の絆を維持し、また町からの情報発信を強化することを狙いとして、浪江町が配布を予定しているタブレット端末のアプリケーション開発の一環として、町民やIT技術者、一般参加者を集い開催されたものです。東日本大震災・福島第一原子力発電所事故の被災自治体が住民に配布する情報端末の開発に、こうした町民・技術者の協働ワークショップ手法を採用するのは初めてです。 コンテンツとしては、行政情報配信や安否確認をはじめ、放射線情報、町内ライブカメラ、福島県内ニュース、町民同士のソーシャルネットワークなどが想定されていますが、アイデアソンは実際に町民の声を聞き、具体的なニーズを洗い出すために行うものです。 「県外からでも、最新の浪江町の情報を知りたい!」 「町民のバースデーカレンダーがあれば、遠くにいても交流できる。」 「町民の絆をつなげるために、浪江の伝統芸能が見れるようなコンテンツがほしい。」 など、活発なアイデアの提案がなされ、会場は熱気につつまれていました。 アイデアソン・ハッカソンなど一連の作業で得たアイデアや開発提案をもとに、12月までにはパイロット版を完成、その後検証を経て希望世帯に配布する予定です。